大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)83号 判決

原告

アールシーエー・コーポレーション

右代表者

フィリップ・ジー・クーパー

右訴訟代理人弁理士

清水哲

田中浩

被告

特許庁長官

三宅幸夫

右指定代理人

古川和夫

戸引正雄

主文

特許庁が昭和四三年二月二六日、同庁昭和四二年審判第七〇三四号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求原因

一、本件の特許庁における手続の経緯

原告(旧商号ラジオ・コーポレーション・オブ・アメリカ)は、一九六二年(昭和三七年)七月五日米国にした特許出願に基づき優先権を主張して、昭和三八年七月五日名称を「蓄音機ピックアップ」とする発明(以下「本願考案」という。)について特許出願し、昭和四〇年一月二六日これを実用新案登録出願に変更し、同年七月一五日出願公告がなされたが、同年九月一五日リオン株式会社ほか一〇名から登録異議の申立がなされた。そこで原告は昭和四一年五月七日明細書を補正したところ、昭和四二年五月三一日補正却下決定および拒絶査定を受けたので、同年九月二五日右決定および査定を不服として審判を請求した(昭和四二年審判第七〇三四号)。特許庁は右審判事件につき昭和四三年二月二六日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年三月一四日原告に送達された(出訴期間として三ケ月附加)。

二、本願考案の登録請求の範囲(補正前)

電気機械変換装置と、レコード溝に嵌合する蓄針と、該蓄針をその端部で支承する延長された蓄針支持ビームと、上記変換装置と上記蓄針支持ビームの両端部間の略々中央にある一点との間を接合している駆動ヨーク構体とよりなる組合わせからなり、上記蓄針支持ビームの上記蓄針支承端部と反対する端部は実質的に上記蓄針支持ビームの延長線上に延長しその延長端に於いてのみ支持されて自由に屈曲することを可能とされた舌状体をなす弾性荷重体の自由端により支持されるものとし、この支持の態様は上記支持ビームに対する当該支持端部の移動を許容して該支持ビーム上の上記駆動ヨーク構体に対する接合点を有効に変動せしめかくして上記蓄針に対して上記変換装置が呈する機械的インピーダンス効果を減少せしめるようになされていることを特徴とする蓄音機ピックアップ。(別紙第一図参照)

三、審決理由の要点

本願考案の要旨は前項掲記の登録請求の範囲のとおりである。

実用新案出願公告昭和三七年八一〇三号公報(以下「引用例」という。)には、カートリッジケースに一端を固定したピアノ線のような弾性杆の自由端に音針杆の基部を取付け、該基部が移動し得るようにし、低音に対する機械的抵抗を減少させるようにしたピックアップ用音針が記載されている。(別紙第二図参照)

本願考案と引用例記載の考案とを比較すると、音針杆の支持端部を支持する部材として、前者は自由に屈曲することを可能とされた舌状体をなす弾性荷重体を使用しているのに対し、後者はピアノ線を用いている点で相違している。しかし、音針杆の支持端部をゴムにより支持することは周知であり(一例として実用新案出願公告昭和三三年七六二七号公報参照)、また引用例に「畜針支持ビームの支持端部を支持する部材を柔軟にすれば低音に対する機械的抵抗を減少することができる」と記載されている以上、前記相違点は当業者が必要に応じて容易になし得る単なる設計変更にすぎない。

よつて、本願考案は引用例記載の考案と同一考案であるから、実用新案法第三条第一項第三号により実用新案登録を受けることができないものである。

なお、審決理由に明示されていないが、審決は前記補正却下決定を暗黙に支持したものである。

四、審決を取り消すべき事由

引用例に審決認定の各記載があることおよび音針杆の支持端部をゴムにより支持することが周知であることは争わないが、審決は補正後の本願考案の要旨の認定を誤つた結果引用例記載の考案との比較を誤つたものである。

原告は昭和四一年二月八日登録異議申立書副本の送達と同日から三ケ月以内に答弁書を提出すべき旨の催告を受け、その期間内である同年五月七日に明細書の補正をしたのであるが、右補正の内容は、登録請求の範囲の記載のうち「延長端に於いてのみ」とあるのを「延長端に於ける一部のみで」と訂正し、舌状体をなす弾性荷重体」とあるのを「舌状体をなすゴムの如き屈曲自在の柔軟性材料で形成されたブロックからなる弾性荷重体」と訂正するものである。そして、右補正は登録異議申立の理由に示す事項について登録請求の範囲の減縮を目的とするものであつて、実質上登録請求の範囲を拡張しまたは変更するものではなく、補正後における登録請求の範囲に記載されている事項により構成される考案(以下「補正後の本願考案」という。)は、次に述べるとおり、登録出願の際独立して登録を受けることができるものである。

補正後の本願考案の要旨は次のとおりである。

(1)  電気機械変換装置

(2)  蓄針

(3)  蓄針を端部で支持している蓄針支持ビビーム

(4)  電気機械変換装置と蓄針支持ビームのほぼ中央の一点とを接合している駆動ヨーク構体

から成り、

(5)  蓄針支持ビームの延長線上に配置され、自由端が蓄針支持ビームの針のない側の端部を支持し、蓄針支持ビームにチーター動作(シーソー動作のことで、登録請求の範囲の「上記支持ビームに対する当該支持端部の移動を許容して該支持ビーム上の上記駆動ヨーク構体に対する接合点を有効に変移せしめ、かくて上記蓄針に対して上記変換装置が呈する機械的インピーダンス効果を減少せしめる」動作をいう。以下同じ。)を営ませることのできる弾性荷重体、すなわち、(イ)舌状のブロックから成り、(ロ)先端の一部のみで支持され、(ハ)ゴムのような屈曲自在の柔軟性材料で形成され、(ニ)チーター動作を営ませることのできる程度の寸法の弾性荷重体

を備えることを特徴とする蓄音機ピックアップ。

補正後の本願考案のピックアップは、右(5)のような構造の弾性荷重体によつて蓄針支持ビームを支持することにより、電気機械変換装置が蓄針に対して呈する機械的インピーダンスを、ダンパーを使用しないで引き下げることができ、それだけピックアップの構造を簡単にするという作用効果を有する。

一方、引用例記載のピックアップでは音針杆(蓄針支持ビーム)をピアノ線で支持しているが、音針杆にチーター動作を営ませることができるか否かについては何も記載がない。もつとも、理論上はピアノ線を極めて細く軟かくすれば、音針杆にチーター動作を営ませることができないわけではない。しかし、ピックアップを構成する可動部分は、その共振がピックアップの再生周波数範囲の上限外に生ずるようにし、前記範囲内にとどまるときはこれをダンパーで抑圧しなければならないものであるところ、ピアノ線は非常に共振しやすい性質を有し、その周波数はピアノ線を細く軟かくするに従つて低くなるものであるから、音針杆にチーター動作を営ませる程これを細く軟かくすれば、その共振周波数はピックアップの再生周波数範囲内になり、ピックアップとして実用に供することができなくなる。引用例の「蓄針支持ビームの支持端部を支持する部材を柔軟にすれば低音に対する機械的抵抗を減少することができる」旨の記載はピアノ線の共振がピックアップの再生周波数の上限外に生ずる限度内のことであつて、音針杆にチーター動作を営ませる程度にピアノ線を柔軟にすることを意味するものではない。すなわち、引用例記載のピックアップでは、音針杆の基端附近にダンパーを設けてピアノ線の共振を抑圧しない限り、音針杆にチーター動作を営ませることはできないから、引用例には、本願考案の蓄針支持ビームにチーター動作を営ませる弾性荷重体の構造は開示されていないといわねばならない。

したがつて、本願考案が引用例記載の考案と同一考案であるとして、拒絶査定および補正却下決定を支持した審決は違法として取り消されるべきである。

第三  被告の答弁

本件の特許庁における手続の経緯、本願考案の登録請求の範囲、審決理由の要点が原告主張のとおりであること、原告が昭和四一年五月七日にした明細書の補正の内容および右補正をするに至つた経緯が原告主張のとおりであること、右補正が登録異議の理由に示す事項について登録請求の範囲の減縮を目的とするものであつて、実質上登録請求の範囲を拡張しまたは変更するものでないこと、補正後の本願考案の要旨が原告主張のとおりであり、補正後の本願考案が原告主張の作用効果を生ずることは認める。引用例記載のピックアップでは、原告主張の共振現象のため、ダンパーを設けない限り音針杆にチーター動作を営ませることができないことは認めるが、ダンパーを設ければ音針杆にチーター動作を営ませるように設計することができるから、引用例には音針杆にチーター動作を営ませることのできるピックアップの構造が開示されている。したがつて、本願考察は、補正の前後を問わず、引用例記載の考案と同一考案であり、審決には原告主張の違法はない。

第四  証拠関係〈略〉

理由

一、争いのない前提事実

本件の特許庁における手続の経緯、本願考案の登録請求の範囲(補正前)、審決理由の要点が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

二、補正却下決定を支持した審決の判断について

原告が昭和四一年五月七日にした明細書の補正の内容および右補正をするに至つた経緯が原告主張のとおりであること、右補正が登録異議の理由に示す事項について登録請求の範囲の減縮を目的とするものであつて、実質上登録請求の範囲を拡張しまたは変更するものでないことは当事者間に争いがない。

そこで、補正後の本願考案が登録出願の際独立して登録を受けることができるものであるか否かについて判断するに、補正後の本願考案の要旨が原告主張のとおりであり、引用例記載のピックアップ用音針の構造が審決認定のとおりであることはいずれも当事者間に争いがないから、補正後の本願考案の蓄針支持ビームにチーター動作を営ませることができる弾性荷重体の構造が引用例には記載されていないことが明らかである。被告は、引用例記載のピックアップでもダンパーを設ければ蓄針支持ビームにチーター動作を営ませるように設計できるから、補正後の本願考案は引用例記載の考案と同一考案である、と主張する。しかし、補正後の本願考案の技術思想が引用例記載の考案の技術思想と同一であるためには、後者のピックアップを被告主張のように設計できることのほかに、そのように設計した結果前者と同一の作用効果が生ずることを要するところ、補正後の本願考案は前示のような構造の弾性荷重体によつて蓄針支持ビームを支持することにより、ダンパーの必要をなくし、それだけピックアップの構造を簡単にすることができる作用効果を有するのに対し、引用例記載のピックアップでは、原告主張の共振現象により、ダンパーを設けない限り蓄針支持ビームにチーター動作を営ませることができないことはいずれも当事者間に争いがない。そうだとすると、引用例記載のピックアップを被告主張のように設計しても、本願考案と同一の作用効果が生じないことは明らかであるから、補正後の本願考案が引用例記載の考案と同一考案であるとする被告の右主張は採用の限りではない。したがつて、他に登録を妨げる事由についての主張のない本件においては、補正後の本願考案は登録出願の際独立して登録を受けることができるものであるといわねばならない。

よつて、原告の前記明細書の補正は許されるべきものであるから、その却下決定を支持した審決の判断には原告主張の違法があることが明らかである。

三、拒絶査定を支持した審決の判断について

右に判示したとおり、原告の明細書の補正が許されるべきものであるから、引用例と比較すべき本願考案の要旨は前記当事者間に争いがない補正後の本願考案と要旨と同一である。そして、補正後の本願考案が引用例記載の考案と同一考案でないことは右に判示したとおりであるから、本願考案が引用例記載の考案と同一考案であると認定して拒絶査定を支持した審決の判断には原告主張の違法があるといわねばならない。

四、結語

よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(青木義人 滝川叡一 宇野栄一郎)

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